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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)70380号 判決

原告 三周資材株式会社

右代表者代表取締役 須崎かほる

右訴訟代理人弁護士 栗原時雄

同 小山田純一

被告 株式会社交詢社出版局

右代表者代表取締役 松久董

右訴訟代理人弁護士 松久健一

被告 財団法人交詢社

右代表者理事 高橋誠一郎

右訴訟代理人弁護士 梶谷玄

同 梶谷剛

同 村上孝守

同 大橋正春

右訴訟復代理人弁護士 稲瀬道和

主文

被告らは連帯して、原告に対し金二九〇万円及びこれに対する昭和四八年八月二三日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

第一請求の趣旨

主文一、二項と同旨の判決並びに仮執行宣言

第二請求の趣旨に対する答弁(被告両名)

原告の請求棄却及び訴訟費用原告負担の判決

第三請求原因

一  被告株式会社交詢社出版局(以下被告会社という)、及び被告財団法人交詢社(以下被告財団という)に対する請求原因

1  原告は別紙手形目録記載の約束手形四通を所持する。

2  被告会社は右各手形を振出した。

二  被告財団に対する請求原因

1  被告財団は大正時代から「日本紳士録」を出版してきたが、その後昭和一七年から昭和二七年までの間その出版を中止していたところ、昭和二七年、訴外共同印刷株式会社の業務部長であった訴外東興亮こと東勇治に右「日本紳士録」の発行を委任し、同訴外人は、被告財団の承諾のもとに「財団法人交詢社出版局」の名義で「日本紳士録」を、その後更に「会社録」の出版をし、被告財団の肩書地に所在する被告財団所有の建物内で出版事業を継続し、売上金の一定割合を被告財団に支払ってきた。

財団法人交詢社出版局は、昭和三九年一二月に組織変更をして、被告会社が設立され、被告会社は被告財団の承諾のもとに「交詢社出版局」という名称を使用して、財団法人交詢社出版局当時と同様の出版業務を継続してきた。

以上のとおり、被告財団は、「交詢社」という特殊な自己の財団名の主要部分を被告会社に使用させ、その商号をもって営業を為すことを被告会社に許諾したものといわざるを得ない。

2  原告は、昭和四五年ころから、訴外八重洲商事株式会社(以下訴外八重洲商事という)代表取締役森田準一から「銀座の交詢社」の手形を割引いて欲しい旨依頼を受け、被告財団と誤認して被告会社振出しの約束手形を割引いてきたが、いずれも満期に支払われたので、原告は、右森田から被告会社振出しの本件各手形の割引を依頼され、右のごとく被告財団と誤認して本件各手形を割引き、請求原因一項記載のごとく、被告会社に対し本件各手形金請求権を有する。

3  従って、被告財団は、商法二三条により、被告会社の原告に対する本件各手形金債務につき、被告会社と連帯してその弁済の責に任ずべきである。

三  よって、被告らに対しそれぞれ手形金合計と訴状送達の翌日である昭和四八年八月二三日から完済まで商法所定年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第四請求原因に対する答弁

一  被告会社

請求原因一項1は知らない、2は認める、三項は争う。

二  被告財団

請求原因一項1、2はいずれも知らない。

請求原因二項1のうち、被告財団は、訴外共同印刷株式会社及びその後被告会社に対し「日本紳士録」の出版権の使用権を貸与したものであり、訴外東勇治に対し、「財団法人交詢社出版局」及び被告会社名義で営業を為すことにつき許諾したことはない。その余の事実は認める。

請求原因二項2は否認する。被告財団は財団法人であり、被告会社は株式会社であるから、その目的、性質、組織、等が異なることは明らかであり、両者の名称に外観的同一性が認められず、また被告財団の代表理事は高橋誠一郎であり、このことは世間に周知のところであり、被告会社の代表者であった訴外東興亮こと東勇治と異なることは外形上明白であり、被告両者には外観的同一性が認められず、商法二三条により保護されるべき商号の同一性、類似性を欠くものである。従って、原告が被告会社を被告財団と誤認するはずもなく、原告の主張は失当である。

請求原因二項3、三項は争う。

第五抗弁

一  被告会社

1  別紙手形目録記載三、四の約束手形は被告会社から訴外開進工業株式会社(以下訴外開進工業という)に宛てて振出されたものであるが、右手形振出当時、被告会社と右訴外開進工業の代表取締役は訴外東興亮こと東勇治であるから、商法二六五条により、右手形の振出は被告会社の取締役会の承認が無ければ無効であるところ、右承認がないので、右三、四の手形振出は無効であり、被告はその支払義務を負わない。

2  商法二六五条に反した無効行為については、全ての第三者に対し善意悪意を問わず、その無効を対抗しうるものである。

仮に然らずとするも、原告は1の事実を知りあるいは知らないことにつき過失があったので、被告会社は原告に対し1記載の手形金を支払う義務がない。

二  被告財団

1  仮に、原告が被告会社を被告財団と誤認したとしても、前記請求原因に対する被告財団の答弁欄記載のとおり、被告会社と被告財団とは株式会社と財団法人との差があり、その代表者も異なるのであって、その相違は明白であり、また、原告は金融業者であり、振出人に対し振出の確認をすべきところ、その確認を怠っているのであって、原告は、誤認するにつき重大な過失あるいは過失があったといわざるを得ず、商法二三条の保護を受けない。

2  商法二三条の営業主体の誤認についての善意無過失あるいは悪意重過失の存否については名板借人と直接取引をした相手方について判断すべきであり、手形に基づく振出人の責任の有無に関してはその受取人につき判断すべきものと解されるところ、別紙手形目録記載二の手形の受取人は訴外八重洲商事であり、同社は被告会社と被告財団が別法人であることを知り、又は知らないことについて重大な過失があったものであり、同目録記載三、四の手形の受取人は訴外開進工業であり、その代表取締役は被告会社の代表取締役と同一人物であったから、被告財団と被告会社が別法人であることを当然に知っていたものである。

以上のごとく、同目録記載二ないし四の各手形については、その受取人に悪意又は重過失が認められる以上、転得者である原告の善意悪意又は重過失の有無にかかわらず、被告財団は右各手形についてその支払義務を負わないというべきである。

第六抗弁に対する答弁

一  被告会社の抗弁に対する答弁

抗弁一項1は不知ないし否認する。別紙手形目録記載三、四の各手形は、融通手形であり、被告会社と訴外開進工業との間には独立の経済的価値を有する原因関係はなく、従って被告会社に何ら損害をもたらすものではなく、訴外東勇治及び右訴外会社にも何らの利得もないのであって、このような場合には手形振出につき商法二六五条の適用がない。抗弁一項2は否認する。

二  被告財団の抗弁に対する答弁

抗弁二項1は否認する。交詢社という名称は非常に希有な名称であり、またその名称は全国的に有名であり、その名称を被告会社の商号中に包含しているのであって、被告会社をして被告財団の一部局と誤認することは社会常識に照らして当然であり、被告財団の代表理事高橋誠一郎の名が有名であっても、同人が被告財団の代表者であることは公知の事実ではなく、被告両名の代表者が異ることをもって重大な過失があったということはできない。抗弁二項2は否認ないし争う。前記被告会社の抗弁に対する答弁の通り、別紙手形目録記載三、四の手形はいずれも融通手形として振出されたもので、被告会社と訴外開進工業との間には手形金の授受も原因関係もなく、右訴外会社の裏書は信用供与のための単なる形式上の裏書にすぎず、現に、原告は訴外八重洲商事を介して、被告会社に対して直接手形を割引いたものであって、かかる場合には、被告会社と取引をした直接の相手方は右訴外会社ではなく、原告と解すべきであり、被告財団の主張は失当である。

第七証拠《省略》

理由

一  被告会社に対する請求

被告会社が本件各手形を振出したことは同被告会社と原告との間に争いなく、原告が本件各手形を所持していることは、《証拠省略》によってこれを認める。

被告会社は、本件各手形中、別紙手形目録記載三、四の手形の受取人訴外開進工業と被告会社の代表取締役は同一人であるところ、右手形の振出には被告会社の取締役会の承認が無い旨主張する。《証拠省略》によれば、訴外東勇治は右手形三、四の振出当時被告会社の代表取締役であり、同手形の受取人欄に記載された訴外開進工業の代表取締役には右東勇治が東興亮の通称で就任していることが認められるが、右手形の振出につき被告会社の取締役会の承認が無かった旨の主張はこれを認めるに足りる証拠がない。被告会社は商法二六五条に反する行為は善意悪意を問わず第三者に対し絶対的に無効である旨主張するが、商法二六五条の無効は取締役会の承認が無かったことにつき悪意又は重大な過失のある第三者に対しては主張しうるが、それ以外の第三者に対しては主張しえないと解されるところであり、この点に関する被告会社の主張は失当である。又、被告会社は原告に悪意又は過失があった旨主張するが、悪意の主張はこれを認めるに足りる証拠は無く、過失の主張は前記のとおり主張自体失当といわざるを得ない。

以上のとおり、被告会社の抗弁は理由が無く採用しない。

二  被告財団に対する請求

1  《証拠省略》によれば、原告が本件各手形を所持し、被告会社が右各手形を振出したことが認められる。

2  原告は、被告財団は被告会社に対し「交詢社」という名称を商号中に使用することを許諾した旨主張し、被告財団はこれを否認するが、当事者間に争いない事実及び《証拠省略》によれば、被告財団は戦前から「日本紳士録」を出版してきたが、昭和一七年から同二七年までの間その出版を中止していたところ、昭和二七年ころ、訴外共同印刷株式会社の業務部長であった訴外東勇治に右本の出版を委任することになり、訴外東勇治は、被告財団の承諾のもとに「財団法人交詢社出版局」の名義で被告財団の肩書地に所在する被告財団所有の建物内で事業を継続し「日本紳士録」とその後に「会社録」を出版してきたものであり、被告会社は被告財団に対し、「日本紳士録」という名称の使用料として売上金の一定割合を支払ってきた。財団法人交詢社出版局は、昭和三九年組織変更の必要性が生じ、訴外東は被告会社を設立して財団法人交詢社出版局の業務をそのまま承継し、被告会社は、被告財団と前記認定のような契約を締結して、従前と全く同様に出版を継続してきたことが認められ、右認定事実によれば、被告財団は被告会社が「交詢社」という名称をその商号に使用することについて許諾していたと推認すべきである。《証拠判断省略》

3  被告財団は、被告財団と被告会社の氏名、商号の同一性又は類似性がなく、商法二三条の保護を受けない旨主張する。確かに被告財団と被告会社とは財団法人と株式会社の相違があり、その代表者も全く別人であることは原告と被告財団の各主張から明らかであるが、商法二三条は営業の外観を信頼してこれと取引関係に立つ第三者を保護する趣旨であるから、「自己の商号」とは当該営業に固有の商号のみならず、その商号によって表象される営業の範囲内に属するものなることを表示するような商号をも包含すると解すべきであり、前記のとおり被告会社は以前被告財団が出版していた「日本紳士録」の出版を業としており、その行為又は営業目的が共通しており、また、《証拠省略》によれば、被告財団は古くより、「日本紳士録」を出版する「交詢社」あるいは「銀座交詢社」として世間一般に著名であり、その名称も非常に希有なものであることが認められるのであり、このような名称を商号に使用すれば、前記の株式会社と財団法人の相異及びその代表者の相異があるにせよ、社会通念上、被告会社が被告財団と同一営業主体であると誤認されるおそれが極めて強いといわざるを得ず、被告会社の商号は商法二三条の保護を受けるべき程度に、被告財団の名称と客観的類似性を有するというべきである。

次に、原告は、被告会社を被告財団と同一法人であると誤信した旨主張するところ、被告会社と被告財団は、前記のとおりその組織及び代表者を異にするものの、被告会社の商号には希有で著名な「交詢社」の名称を包含しており、かつ著名な「日本紳士録」の発行に携っており、また被告財団の組織が財団法人であり被告会社が株式会社であること及び被告財団の代表者が誰であるかということは、いずれも、公知の事実であるとはいい難く、これらの諸点を考慮すれば、被告会社が被告財団と同一人格であると誤認するのは社会通念に照らして当然であると認められる。また、《証拠省略》によれば、原告は昭和四四年ころより、訴外八重洲商事の代表取締役である訴外森田準一を介して被告会社振出の約束手形(財団法人交詢社出版局振出名義あるいは被告会社振出名義)の割引をしてきたが、右割引く際に、原告代表者は訴外森田より、被告会社が銀座の交詢社であり、出版のためのつなぎ資金として手形を割引いて欲しい旨依頼され、右各手形は財団法人交詢社出版局あるいは被告会社名義のいずれの名義のものも満期に支払われたことが認められ、以上の事実に照らせば、原告は被告会社を被告財団と誤認して本件各手形を割引いたものというべきである。

4  被告財団は、仮に、原告が、被告会社を被告財団と誤認したとしても、原告には誤認するについて重大な過失があった旨主張する。前記のとおり、被告会社と被告財団の組織及び代表者は異なるが、前記のとおり、「交詢社」という名称の特殊性、業務内容の特殊性及び同一性からして、被告会社と被告財団とが同一人格であると誤認することは、社会通念に照らして当然であると解されるところであり、また、前記認定のとおり、原告は従前より財団法人交詢社出版局名義及び被告名義の手形の双方を銀座交詢社の手形として割引き、本件各手形を除いてはいずれも決済されていたのであるから、被告財団と被告会社の法人の組織及び代表者が異なるからといって、原告が、被告会社と被告財団を同一であると誤認したことにつき、直ちに重大な過失ありということはできない。また《証拠省略》によれば、原告は、被告会社に対し本件各手形の振出しにつき特段確認をしていないことが認められるが、前記認定のとおり、「交詢社」という名称が著名で信用があり、また、原告は以前より財団法人交詢社出版局または被告会社名義で振出された手形を被告財団振出の手形と誤認して割引き、その手形が満期に支払われていたため、本件各手形についてその振出しの確認をしなかったものと認められ、原告はただ漫然と振出しの確認を怠ったものではないというべきであり、右確認をしなかったことをもって、直ちに重大な過失ありということはできない。

次に、被告財団は、悪意または重大な過失の存否は、被告会社と直接取引をした相手方について判断すべきである旨主張する。前記認定のとおり、本件各手形はいずれも訴外八重洲商事代表取締役森田準一の依頼により原告が割引いたものであるが、別紙手形目録記載二の手形の受取人欄は右訴外会社であり、三、四の手形の受取人欄は訴外開進工業であって、被告会社と直接取引をした相手が誰であるかが問題となる。この点に関する証人森田準一の証言は必ずしも明確とはいい難いが、同証言によれば、本件各手形は融通手形であり、訴外開進工業は前記訴外八重洲商事と同じ時期に設立され、同会社が貸金業を行なっているため銀行より融資を受けられないことから、銀行からの融資を得る目的で訴外開進工業が設立されたもので、被告会社と右訴外開進工業との間には本件手形を裏書交付すべき何らの取引関係が無く、訴外開進工業は信用供与のため単に形式上、三、四の手形の第一裏書人となったものと窺われるところであり、また、同目録記載二の手形については、訴外八重洲商事の裏書はあるが、融通手形であるために信用供与のため裏書をしたもので、右訴外会社において一度割引き、更に原告に再割引に出したものでは無いことが窺われ、結局、本件各手形はいずれも、訴外八重洲商事代表取締役の森田準一が被告会社から割引を依頼され、原告において割引し、割引金を被告会社に交付していたものと認められる。

たしかに、商法二三条により商号を誤認した相手方、また悪意または重大過失の存否の判断の対象者は名板借人と直接取引をなした者に限られるというべきであるが、本件においては、右認定のごとく、手形上名板借人から裏書譲渡を受けた旨記載されている裏書人と名板借人との間に取引関係がなく、その裏書が単に信用供与のために形式的になされたに過ぎず、本件各手形は被告会社より割引依頼を受けた訴外森田準一を通じて、原告と被告会社との間で直接手形割引がなされたものと認められるので、誤認及び重大過失の存否を判断する相手方は原告であるというべきであり、訴外開進工業及び訴外八重洲商事ではない。従って、右訴外各会社の悪意または重大過失を主張する被告財団の抗弁は失当であり、原告に重大な過失が存したかどうかについての判断は前記認定のとおりである。

5  以上のとおり、被告財団は商法二三条により、被告会社と連帯して、被告会社の原告に対する本件各手形金債務につき弁済すべき責に任ずべきである。

よって、原告の本訴請求は理由があるから、これを認容し、民事訴訟法八九条、九三条、一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山崎潮)

〈以下省略〉

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